ヤップ・ソービン

Yap Sau Bin

ご自身の作品の寿命について考えることはありますか? どのようなことを考えていますか?
作品が継続中のリサーチなのか探求的なプロジェクトなのか、それとも、インスタレーション作品なのかによって異なります。 私はそれらを別々に捉える傾向があります。 それぞれの展覧会は、あるプロジェクトにとって異なる形で反復しているようなものです。 しかし、インスタレーションが異なる機会に展示されたときには、輪廻転生が起こるかもしれません。 それは、作品(素材/オブジェ/インスタレーション)が撤去され、倉庫に保管されて停止をよぎなくされ、その作品が持ち出されるたびに再び呼吸するチャンスを与えられて、復活するようなものです。ときどき、作品が出版物で議論されたり、取り上げられたり、テキスト、執筆やイメージの形で研究されたりすることで、作品が別のかたちで生き永らえるようなことを想像します。それは、ゾンビ、あるいは魂か身体から派生したもの、といったところでしょうか。
タイムマシーンで100年後に行けるとしたら、どのような形であなたの作品と出会いたいですか?
私の想像力は限られていますが、100年後、あるいは近い将来ですらあるかもしれませんが、(物理的な)インスタレーション作品の中から、「輪廻転生」としてヴァーチャルな形式をとるものが出てくると思いたいです。 あるいは、アナログ→デジタル→アナログと変化するようなものが出てくるかもしれません。そして、アナログかデジタルかという二項対立を横断することができるかもしれません。
人の死についての定義も様々ですが、もし「作品の死」を定義するとしたら、あなたはどのような状態が作品の死だといえると思いますか?
仮にこの「死」というメタファーを考えるなら、芸術作品やアートプロジェクトの「死」の最も悲しい状態は、(知られていようが知られていないであろうが)その作品がもう復活する可能性がないときでしょう。リメイクや反復、 アーカイブという形式、あるいは再構築を可能にする特定の形式のデータといった形での復活の可能性すらなくなったときです。 明白な「死」とは、過去に存在していたにもかかわらず、誰も知らず、あるいはその先も知ることがなく、未来に再び思い出すこともないような状態のことです。
YCAMに作られる「メディアアートの墓」に、ご自身の作品の中で入れたい作品はありますか?
もしあるなら、どの作品をどのような形で入れたいですか?
はい。 インスタレーション作品を入れたいです。 しかし、私は作品の画像と、オブジェに関するいくらかの情報のみ提供することができます。 限られた情報量に基づいて、10年、20年、50年、100年後に作品を復活させる可能性について考えたいです。あるいは、芸術作品の幽霊を呼び出すために新しい形で媒介するシャーマン(新しい芸術霊媒 )が必要かもしれませんね。
その他、ご意見ありましたらお聞かせください。