プロジェクトについて

日本でインターネットが一般に普及して約20年が経過したといわれる2020年代の現在。ネットワーク技術やAI技術が高度化し、 スマートフォンの登場や、SNSの普及などにより、社会のあらゆる局面で情報化が進み、私たちの生活はより便利なものになりました。しかしそれと同時に、サイバー攻撃や、企業や政府による個人情報の収集、SNSを通じたフェイクニュースの拡散など、私たちを脅かす問題も起こるようになりました。

インターネットによる利便性を享受しながらも、多くの人たちが少なからず違和感や不安を感じている、私たちの個人データやプライバシーの取り扱われ方について、私たちはいま何を知ることができるのでしょうか。

「鎖国 [Walled Garden]」というタイトルについて

今回の一連の展示でYCAMが名付けた「鎖国」というタイトルは、インターネットでの「見える範囲」の隔たりを表しています。個人データを扱う法律は国や地域によっても違えば、プライバシーをめぐる状況も異なります。また選んだサーチエンジンや、SNSなどによっても、 私たちは無意識のうちに得られる情報を選択している、つまり「見える範囲」を選んでいるともいえるのです。英語のタイトルである「Walled Garden」という言葉は「見える範囲」の壁の中は心地よく感じる反面、外からは中で何がおこなわれているか見えにくいという状態を表しています。

こうした「鎖国」した状況の中で、表現や創作の分野はどのような視点を投げかけることができるのでしょうか。アーティストとのコラボレーションを通じ、未来への想像力を喚起するアプローチによって、情報とインターネットの今後について考えるプロジェクトが、「鎖国 [Walled Garden]」プロジェクトです。

監視資本主義について

鎖国 [Walled Garden]プロジェクトと監視資本主義

過去にYCAMで行ったプロジェクトでは2つのオリジナルワークショップを開発、実施しました。そこで取り上げたトピックに「監視資本主義」があります。これは企業がインターネット上の行動データをもとに、私たち一人ひとりの行動を予測し、より効果的なタイミングで広告を表示することで、膨大な収益を上げることを可能にした新しい経済の仕組みを指します。

社会心理学者であり哲学者のショシャナ・ズボフが著書で提唱した言葉で、ズボフはそのシステムが、私たちの行動だけでなく、想像力の範囲をも限定してしまうことに警鐘を鳴らしています。

参考

Shoshana Zuboff "The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power” /Profile Books

邦訳:ショシャナ・ズボフ「監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い」/翻訳:野中香方子/東洋経済新報社

監視資本主義の仕組み

2000年初頭、ユーザーのオンライン上での行動を追跡し、それに関連づけた広告を表示させるというビジネスの手法「ターゲティング広告」が始まりました。ターゲティング広告は、表示した広告がどれだけ購買行動に繋がったかを分析できます。それによってテクノロジー企業は、ユーザーからの収益よりも、ユーザーの行動データと引き換えに得る広告主からの収益の方が大きくなっていきました。テクノロジー企業は、行動データの精度を高めるために、メール、地図、ビデオ、スマートフォンのOS、更には家電など、あらゆるサービスを展開し、個人の行動データを収集するようになりました。

現在私たちは、ネットワークやAIが組み込まれたサービスを使うことで、半ば無意識に自身の行動データを収集され、テクノロジー企業が作ったシステムによって<最適化>された広告を受け取り、その情報を元にさまざまな判断をおこなっています。その判断は本当に「自由な意志に基づく判断」と呼べるのでしょうか。

監視資本主義の進む先

監視資本主義の問題は、行動を監視し、予測、さらには企業が望む消費者行動へと誘導してしまう点にあります。

ユーザーのすべての行動を予測すること。そして、いつ誰にどの広告を表示させれば、行動をコントロールできるのかを完璧に把握すること。これが、監視資本主義における、テクノロジー企業のひとつの理想的な状況です。現状のまま進化すれば、未来の行動をさらにあらゆる生活の場面で確実に予測、誘導することが可能になるかもしれません。そのシステムは偏在し、ますますその存在は意識しにくいものとなるでしょう。

特定の企業に活用できる情報が集中した結果、すでに人々の混乱や分断といった問題が数多く発生しています。

Facebookによって収集されたユーザーデータの一部が、英国企業ケンブリッジ・アナリティカ社を通じ特定の候補者への投票を誘導することに利用をされていた事件。Facebookは無料のSNSなので、そのプラットフォームを維持するためには、何らかの収入が必要となります。しかし第三者からの依頼を受けて、私たちの重大な選択に影響を及ぼしていたとき、それは変わらず便利なサービスといえるのでしょうか?

• ポケモン GOと企業の連携

「ポケモン GO」という無料のスマートフォン向けゲームは、仮想空間と物理空間をAR技術を使って結び合わせるエンターテイメントとして一般に普及しました。それは監視資本主義の文脈からすると、もはやウェブ上でだけでなく、企業の望む物理的な場所に、人々を直接誘導できることを証明したサービスでもあります。ゲームのプレイヤーたちは、ポケモンを追いかけているつもりが、実際にはサポート企業の店舗に立ち寄り、そこでゲームの報酬を得るために商品を購入するようになりました。

私たちにできることは?

監視資本主義を1日で解決する方法はありません。今まで私たちはさまざまなテクノロジーに対して、利便性を求めるがゆえに、さまざまな弊害を疑わずに進化を促してきました。それによって、監視資本主義という経済基盤は強固なものになっています。検出や分析のシステムのみならず、私たちの行動から生成されたデータでさえ企業機密として扱われるようになり、インターネットでの個人情報の扱われ方はますますブラックボックス化しています。

しかし一方で、2018年にEUで「GDPR(一般データ保護規則)」、2020年にアメリカで「CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)」が施行されるなど、特定の国や地域によっては個人情報の保護が法的に強化されています。また個人情報を取得しない、ターゲティング広告に頼らない新しい検索やSMSサービス、ブラウザという別の選択肢を提案する企業やNPOも登場しています。もちろん、同時にイギリスで「調査権限法」が施行されるなど、政府による通信の閲覧権限が強化される国も増えている現状があります。

意識的に選択したことも、あるいは明示的には選択していないことも含めて、自分自身が置かれている状況をより良く知ることがさらに重要になっていくのではないでしょうか。

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