東ベルリンラジオステーション

社会主義的国家においては、ラジオステーションとは、あたかも音で、自然を〜世界を〜存在を、メディアによって冷凍保存し再生する都市の中の実験装置でした。唯物主義イデオロギーのレコーディングマシーンとして、当時のあらゆるテクノロジーを注ぎ込んで作られたこの最先端施設は、驚くことにレコーディング用のオーケストラホールのような巨大な空間が、ノイズを避けるために空中に宙図りにされて設計されています。しかし建物自体が過去の残骸となり、利用する者もいない空虚な空間となったこの施設は、壁崩壊〜ドイツ統一を経て、現在首都として巨大なEU経済圏のなか浮かぶ都市ベルリンの歴史を背景に、現在においてどのように映るのでしょうか。

今回の映像音響インスタレーションでは、ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・サニは、やはり冷戦時代の共産圏の時代精神を色濃く反映し、かつ反面的に非限定的な人間存在のモチーフへ到達しようとした映画=アンドレイ・タルコフスキーの「惑星ソラリス」1972年(原作ポーランドの作家、スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとで」)にフォーカスを当て、東ベルリンの<ラジオステーション>の廃墟と「惑星ソラリス」の探査ロケットを、作品中でオーヴァーラップさせていきます。そこでは、人間のあらゆる記憶に働きかけ、刻印された痕跡を物質化する未知の天体ソラリス、すべての存在を情報化=メディアライズして再生する現在の社会、この両者ははたして遠く隔たったものなのだろうかという問いかけが生まれます。視覚を排して音によるリアルな存在物の再生技術を究極のテクノロジーとして突き詰める目的に設計された<ラジオステーション>。ここでニナ・フィッシャー&マロアン・エル・サニは、到達できないものへのアプローチがメディアテクノロジーへ応用・翻訳されていく様に、現代の特異さと危うさを周到に読み取っていきます。

 

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