世界を巡る時間が

山口にくる

井上愼一

最初の「時間旅行」展は、内田まほろさんを中心とする日本科学未来館の皆さんに、井上、富岡、一川、藤沢たち山口大学の研究グループが協力して作りあげた。何度もお台場の海が見えるガラスの客船のような形をした未来館を訪ね、時間についてのさまざまな考えを語り合った。何時間も話しているうちに、こちらが予期しないことにも未来館の人たちは興味を示してくださり、教えられることがたくさんあった。その長い話し合いから、具体的な展示物が生まれてくると、今までに経験したことのない驚きとよろこびを感じた。24時間を作っている遺伝子が、目の前で白い旋風のように飛び上がる様を見たとき、細胞の中の幻を見たと思った。学校や道路で繰り返される人の活動にまじって、草が起きあがり、成長してゆく記録は、自然の神秘を盗み見ているようだった。長谷川踏太さんがデザインされたエントランスにたつと、宇宙の150億年の時間の中で繰り返された生命の営みが揺れ動く。その影の揺れに、今生きている時間とは何だと、問いかけられている自分を発見した。その「時間旅行」展が、地球の反対でも展覧された後、山口へ帰ってくることを心から喜んでいる。

「時間旅行」展を作り上げてからすでに2年たつ。あのころ、美術やデザインの世界で目を輝かせている若い芸術家と出会った。彼らは自分の目指していることに自信をもち、それに向かって努力していることに誇りを覗かせていた。それまで知らなかった世界の人たちが、長い時間をかけて磨いてきた感性に驚き、私たちはその意見に圧倒された。そして、彼らも専門の研究という狭い世界しか知らない私たちに敬意を払ってくれた。この、別のものを目指してきた人間がお互いの仕事を認め合うことで、「時間旅行」展はできあがっている。今も完成を目指して改良が続いているが、ようやくこの展覧会の自分にとっての意味を理解し始めている。私は違ったものを目指し、違った日常を生きている人たちの心を少しわかるようになった。新しい世界をかいま見たのだ。それは私の脳にも刺激的だった。

時間の長さは時計の時間だけが決めているわけではない。新しいことから刺激を受けたとき、脳がそれを記憶して、人の感じる時間はそのぶんだけ延びる。だから、「時間旅行」展で今まで知らなかったことを学んだことは、私の人生の時間を引き延ばしてくれたのだ。

(いのうえ しんいち/山口大学時間学研究所 サイエンティフィック・アドバイザー)

 

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