時間の知覚体験の

可能性について考える

一川 誠

われわれの研究室の多くの研究では、時間や空間に関する錯覚現象を用いるという手法を用いている。錯覚現象は、われわれの知覚体験が実在と対応していないことを示している。ただし、このことは知覚体験が曖昧でいい加減なものであることを意味しない。錯覚における体験の実在とのズレは、かなりの程度、規則的であり、しかも再現性がある。だからこそ、錯覚のデモンストレーションが可能であり、あなたは錯覚現象の体験を他の人たちと共有することができる。

研究手法として錯覚現象を取り扱っているのは、われわれの体験内容と物理学的実在の時空的特性との間の体系的なズレの分析から、われわれの知覚や認知、感性における情報処理の特性を理解することができるからである。ただし、これまで多くの錯覚が知られているが、十分に解明された錯覚は人類の歴史の中で非常に数少ない。例えば、月の錯視(同じ大きさの月が、天頂よりも地平近くにあるときにより大きく見えるという錯覚)は、古代ギリシアの時代よりその存在が知られている。しかしながら、この錯覚がどのような視覚情報処理のメカニズムに基づいて成立しているのかは十分に解明されていない。他方、現代の知覚研究の現場では、毎年のように、いや、毎月のように、新しい錯覚が報告されている。これは別の言い方をすると、われわれの体験と実在との対応関係における規則性はまだ十分に理解されていないこと、そればかりか、体験と実在とが乖離していることの事例が次々と見出されているということになる。

千年以上かけてもわれわれの体験と実在との対応関係における規則性が十分に解明されないのは、間違った問いが立てられていたということもあるだろう。また、そもそも体験と実在の乖離なぞに興味を持ち、それを調べてみようと思った人が少なかったということにもよるだろう。しかし、私は、われわれの体験と実在との対応関係における規則性が理解できれば、人類がこれまでに得られなかったような豊かなコミュニケーションを可能にする情報環境を得ることが可能になるのではないかと考えている。

今回の「時間旅行」展では、最近見つかったものを含め、時間に関する錯覚のデモンストレーションを行っている。多くの方々がこの展示に訪れ、体験の時間と実在の時間の特性が乖離していることを実際に体験し、人間の時間体験の限界や可能性について考えるきっかけとしていただければと願っている。

(いちかわ まこと/山口大学時間学研究所 サイエンティフィック・アドバイザー)

 

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