TIME'S ARROW タイムズアロー(時間の矢)

「時間の矢」という語は1927年に天体物理学者のエディントンによって作り出されました。この言葉は、時間は一方向にしか流れないという常識的な時間観とよく一致しています。過去は確定されていて、もはややり直したり再び体験したりすることはできません。それに対し、未来は開かれていて、原理的にはあらゆることが起こり得ます。
ただし、多くの物理学的理論は、この常識的な「時間の矢」や時間に不可逆的な方向性があるという見方には与していません。ニュートン力学、アインシュタインの相対性理論、量子力学といった近代物理学の基礎をなす理論は、時間に決まった向きがあるという考え方を支持していないのです。こうした力学的な見方からすると、われわれが時間を矢のように一方向にのみ向かって行くものとして体験していることに、物理学的な根拠があるわけではないことになります。むしろ時間は無方向的で、過去と未来との間には本質的違いはないのです。実際、時間を矢のように一方向にのみ向かって行くものとしているのは、われわれ人間の体験の形式にすぎないという議論もあるのです。
他方、時間の方向性に関心を持つ科学者は、時間の方向性の根拠を熱力学に見出しています。熱力学の第2法則によれば、未来の状態は現在や過去の状態よりもエントロピー(無秩序さの尺度。ギリシア語では「発展」の意)が高くなります。あらゆるものは秩序から無秩序へと転化する過程の途中にあるのです。形あるものはやがて壊れ、その逆は起こりえません。宇宙のエントロピーによって一瞬一瞬が区別され、時間は不可逆的なのです。
この見方に立つと、宇宙は発展したり衰亡したりする存在になります。わずかな初期条件の違いが、時間の進展とともに状態の大きな変化を引き起こしうるのです。そのため、未来の状況を予測することはほとんど不可能となります。天気予報がなかなか当たらないのはこのためでもあります。ただし、見方を変えれば、未来は様々な可能性に開かれていることになるのです。
(一川 誠)

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