人の体験においては、知覚様相(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、体性感覚など)ごとに時間の流れが異なっています。たとえば、視覚においては、網膜に刺激が与えられてから知覚が成立するまでに約100ミリ秒(0.1秒)の遅れがあります。聴覚刺激の処理はそれよりも数十ミリ秒速くなります。したがって、音刺激と光刺激を同時に提示した場合、光に先行して音が鳴ったように感じられるのです。このように、知覚の様相によって処理時間が異なる時、事象のタイミングや生起といった時間に関する事柄について各様相から得られる情報はどのように統合されるのでしょうか?この問題はまだ十分に解明されていませんが、視覚と聴覚に関しては、視覚よりも聴覚の情報が優先されることが多いようです。たとえば、短時間に光点(視覚刺激)を何度か提示し、それよりも多い回数ビープ音(聴覚刺激)を鳴らすと、ビープ音の回数だけ光がフラッシュしたように知覚されることがあります。これは、時間に関わる情報の処理に不正確な視覚情報処理が、より正確な聴覚情報処理によって影響を受ける例と考えられます。
(一川 誠)
[サイエンティフィック・アドバイザー]
一川 誠/山口大学時間学研究所
[クリエイティブクルー]
瀬藤康嗣
■アドバイザーからのブックガイド
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「皇帝の新しい心」ロジャー・ペンローズ著/林一訳(みすず書房)
「心身問題と量子力学」
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